北海道札幌市手稲山も実は夏冬通してレジャースポットです。

手稲山(ていねやま)は、北海道札幌市西部の西区と手稲区に跨る標高1023.7mの山です。

札幌市中心部からほぼ真西に直線で約15km、自動車で約40分の位置にあります。

古くはアイヌ語で「タンネウェンシリtanne-wen-sir」(長い・悪い・場所)と呼ばれ、南斜面に大きく広がる崖地形から名づけられたとされるが、手稲という地名は「テイネィteyne-i」(濡れている・もの)に由来し、手稲区市街地の広がる山麓の開拓される前にあった低湿地帯を指すといわれています。

札幌市の人間にとってはスポーツ・レジャー山、それが手稲山かもしれません。

手稲山は北海道の山スキー発祥の地といわれています。1926年に北海道大学スキー部創立15周年事業として、日本初のスキーヒュッテであるパラダイス・ヒュッテをスイス人建築家マックス・ヒンデルの設計により、現在のロープウェイ山麓駅から徒歩約10分の場所に建てられました。

老朽化のため1978年に閉鎖されたが、有志により1994年に原設計に忠実に復元新築されています。

1965年、三菱金属鉱業(現・三菱マテリアル)と北海道放送(HBC)が中心となってテイネオリンピアを設立しました。

北側中腹にスキー場のほかゴルフ場と遊園地をオープンさせました。

それが現在の手稲オリンピアですね。

1972年開催の第11回オリンピック冬季競技大会札幌大会では、手稲山にもアルペンスキー(回転・大回転)、リュージュ、ボブスレーの会場が置かれました。

これを契機に、その後もアジア冬季競技大会、ユニバーシアード冬季大会、などの国際大会の会場となっています。

オリンピックに先立ち、1970年に北側5合目から山頂まで札幌市によってロープウェイが設置されました。

大会終了後には王子緑化(現・王子木材緑化)がテイネハイランドスキー場を開設した。 1990年頃のスキーブームの際には、ハイランドが西野方面に拡張する計画もありましたが、多くの反対にあい頓挫しています。

手稲オリンピア、手稲ハイランドの両スキー場はスキーブームの後収益が悪化し、2002年にハイランドの運営、オリンピアの所有と運営を、2003年には財団法人札幌市公園緑化協会がロープウェイを、それぞれ加森観光に譲渡して、現在はサッポロテイネとして一体的に運営されています。

手稲山は、那須火山帯に属します。

第四紀火山と考えられていたこともあったが、現在は否定され、より古い鮮新世(約500〜160万年前)のものと考えられています。

地質は、安山岩、頁岩、凝灰岩などで構成されています。

山頂の西側には尾根が連なり、南側と北側は急峻な断崖絶壁となっています。

北側の絶壁(通称「北壁」)の下には火口のひとつがあったと考えられています。

東側には溶岩の流れた跡とされるなだらかな傾斜が続いています。

また、山頂付近は強固な岩盤であり、また石狩平野を一望できるロケーションの良さから、無線送信・中継設備が多く置かれています。

1957年に北海道放送(HBC)がテレビ放送送信所を設置以来、現在札幌圏の全ての放送局のテレビ・FMラジオの送信所が軒を連ねています。

2006年に全局一斉に開始した札幌圏の地上デジタルテレビ放送の送信所もこの山頂に置かれています。

標高1024メートルある手稲山送信所から出される地上デジタルテレビジョン放送の電波は放送区域外でも北空知地方(深川市など)の一部、上川地方の一部(旭川市、和寒町など)と十勝地方(帯広市、音更町など)の一部地域などでも常時鮮明に受信あるいは伝播状況により時々受信可能となっているが、2007年10月1日に開設される中継局のチャンネルが手稲山から送信されるチャンネルとすべて重複するため受信できるのも試験電波が発射される2007年夏頃までに限られています。

また、アナログテレビ放送やFMラジオでも放送エリア外の地域でも高性能アンテナで受信可能である(但し、雑音が入ることがある)。

また、MCA無線、業務無線、JR北海道やNTT東日本、国土交通省などの無線基地局や中継局のほか、北海道大学の気象観測施設なども置かれ、山頂はさながらアンテナ銀座の様相を呈しています。


タグ:手稲山
posted by アリスト at 12:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 札幌
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