北海道 ジンギスカンの種類

ジンギスカンの種類

北海道においては、2つのタイプのジンギスカンがあります。

あらかじめタレに漬け込んで下味を付けた「味付けジンギスカン」と、生肉を焼き後からタレを付けて食べる「生ジンギスカン」であります。

ここで用いられる「生」という意味は、単に「味がついていない」という意味であり、実際には一度冷凍して解凍したものであることが多いです。

しかし近年は一度も冷凍をしていない「生ラム」が登場し、冷凍肉のシェアを奪っています。

「味付けジンギスカン」が主流なのは、旭川市などの上川支庁地域や、滝川市などの空知支庁中北部です。

最近では味付けジンギスカンを「旭川ジンギスカン」と呼ぶ店も出てきました。

長沼町の「長沼ジンギスカン」、帯広市の白樺などもこのタイプである。

「生ジンギスカン」が主流なのは札幌市、函館市、室蘭市、釧路市などの北海道南部、北海道東部の海岸部です。

観光名所となっているビール園の主流も生ジンギスカンであります。

但し、地域区分をはっきりと分けることは難しいです。

その家庭によっても食べられるもののタイプが異なります。

東経141度(留萌市)以西(札幌市もここに含まれる)付近と東経144度(釧路市)以東付近の二地域をかつて「生ジンギスカン」が主流だった地域、両地域に挟まれた部分の地域をかつて「味付けジンギスカン」が主流だった地域としてそれぞれみなす説があるが、経度で強引に区切ったやや恣意的な区分なのは否めないです。

下味をつけた味付きジンギスカンでは、羊肉特有の臭みが抑えられています。

著名なジンギスカン料理店「松尾ジンギスカン」などに代表されるように、すりおろしたりんご・にんにくや蜂蜜などを加えた独特のタレにより、肉と野菜のうまみを最大限に引き出す工夫が為されています。

ジンギスカンを愛好する北海道民は、各食肉メーカーや精肉店オリジナルのジンギスカン用味付け肉について味の傾向を熟知し、また、新しい製品の評価に余念がないです。

肉と同様に、ジンギスカン用のつけダレも多種が市販され、道民の需要に応えています。

中でもベル食品とソラチのジンギスカンのたれが代表的であり、北海道内のスーパーマーケットで広く販売されています。

長野県においては、漬け込み肉のジンギスカンが主流であり、地元メーカーの味付けマトンが容易に手に入ります。

同じ漬け込みタイプの北海道産と比べて味付けがかなり異なり、どちらかというと一般的な焼肉のタレに近いまろやかな味付けであります。

長野県でも近年北海道産のジンギスカン用つけダレが販売されるようになっています。

逆に長野県産のつけダレが北海道で売られる例はほとんどみられないです。


ジンギスカンの起源

中国料理の「烤羊肉」(カオヤンロー)に影響を受けたと見られる日本料理であります。

なお、その名称から、「ジンギスカンが遠征の陣営で好んで食べた」「ジンギスカン率いるモンゴル軍兵士が自分の兜で羊肉を焼いたのが起源」とするなどの俗説があるが、羊肉を常食するモンゴルにいかにもありそうな料理として拡大解釈されたものであるとみられます。


戦前は、日本では1918年(大正7年)に軍隊、警察、鉄道員用制服の素材となる羊毛自給をめざす「緬羊百万頭計画」が立案されました。

その早期実現のために羊毛のみならず羊肉をも消費させることで、農家の収入増加と、飼育頭数増加を企図したといわれています。

しかし、日本人は従来、羊肉を食べる習慣がほとんどなかったよぷです。

日本で受け入れられる羊肉料理を開発する必要に迫られ、農商務省は東京女子高等師範学校(お茶の水女子大学の前身)に料理研究を委託しました(山田喜平著「緬羊と其飼ひ方」より)。

その流れの中からジンギスカンが出現したものと見られ、1920年代にはその原型となる料理が案出されていたようであります。

なお、文献での「ジンギスカン」の初出は1926年(大正15年)であり、最初のジンギスカン専門店は1936年(昭和11年)に東京都杉並区に開かれた「成吉思(じんぎす)荘」であります。

東北帝国大学農科大学(北海道大学の前身)出身で、満洲国建国に深くかかわった駒井徳三が、1912年(大正元年)から9年間の南満州鉄道社員時代に「ジンギスカン鍋」と命名したとする説があるが、この説については駒井徳三の娘の満洲野(ますの)が1963年(昭和38年)に発表したエッセイ「父とジンギスカン鍋」における命名の推定以外に出典が発見されておらず、裏付けとなる確認はできていなません。

ジンギスカン鍋の起源としては、他にも、山形県蔵王温泉や岩手県遠野市がそれぞれ起源を主張しており、正確な発祥については明確でないのが実情であります。


戦中・戦後 本格的な普及は、第二次世界大戦前後の食糧不足がきっかけであったと見られています。

この時代、食料不足・衣料不足解消を背景に、日本政府が羊肉消費促進運動を進めた史実がありました。

その中心は北海道滝川市の道立種羊場であり、ここで味付けジンギスカン用の漬けダレの製法を学んだという証言者があります。

これとは別に、深刻だった食糧不足の解消を目的として、羊肉に注目した道が普及活動を始めたという説もあります。

札幌の円山公園でジンギスカン鍋を食べている道職員を写した1948年(昭和23年)頃の写真(当時の道農務部職員撮影)が残されています。

かつて牛肉が非常に高価だったのに対し、北海道などでは羊毛用の羊が多く飼育されており、羊肉が安く手に入りました。

産地に近いことから輸送期間が短く、マトンでも新鮮で臭みがさほど強くなかったため、羊肉料理は北海道で普及したとみられます。

しかし日本全体を見ると結果的に羊肉消費文化が広く根付くことはなく、北海道以外で羊肉料理が普及したのは、年間消費量が道民並みの岩手県遠野市、北海道以外の発祥地説もある長野県の一部地域などにとどまりました。

一般に気候条件などで牧羊に適さない地域が多く、精肉の輸送条件などから新鮮な肉の供給ができなかったようです(従って、ラムよりも、時間をおくと臭みが出るマトンが出回った)ことが、本州以南で羊がメジャーにならなかった原因と考えられます。

むしろ豚肉が多く普及しました。

なお、羊肉普及地の北海道においても、ラム(仔羊肉)の普及は比較的最近(バブル期以降)のことであり、それ以前は庶民向けの食用肉といえば豚肉とマトン、鶏肉の三種類であった。また北海道で現在のようにスライスした羊肉を焼くことが広まったのは、かなり時代が下って冷凍技術が進んでからであって、それまでは厚切りか小さな塊状の肉を焼くことが多かったという証言もあります。

1才を超えた緬羊のマトンは、ラムと比較した場合の臭みが強いことは否めないが、食べ慣れた人々からは、むしろジンギスカンには臭みが強いマトンの方こそうまいという評価もされています。

現在は、羊肉に含まれる「L(エル)-カルニチン」という物質によって「食べても脂肪がつきにくい」というダイエット効果があるとの評判により、ジンギスカンを含め羊肉自体の評価が変わりつつあります。


posted by アリスト at 15:48 | Comment(0) | TrackBack(1) | ジンギスカン
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Tracked: 2007-07-08 01:59
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